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専門コラム 第59話 忠告に筋が通っていたら受け止める公平なあなたへ

小言幸兵衛の屁理屈

江戸時代、ある長屋に「小言幸兵衛」とあだ名される大家さんがいました。

長屋の住人はもとより、店子希望者にまで小言、説教を垂れてしまうため、長屋はいつも空き部屋が埋まらない始末。

 

ある時訪ねてきたのは口の悪い豆腐屋。「ガキなんていうものは汚ねえし商売の邪魔になるだけ。

そんなものは一匹もいません」という言葉に幸兵衛さん、「子どもは子宝と言って、いくら金を積んでもできるとは限らねえ。

その宝がないことを自慢するような奴には部屋は貸せねえ」と言い放ち、豆腐屋は怒って帰ってしまいます。

 

次に来たのは、物腰も低く言葉遣いも丁寧な仕立て屋。

気に入った幸兵衛さんでしたが、仕立て屋が一人息子を「仕立ての腕は親より上。

夜遊び一つしない堅物で、近所でも評判の男前」と言った途端、「息子はやがて心中するだろうから、部屋は貸せねえ」。

 

唖然とする仕立て屋に幸兵衛さん、「長屋の筋向かいに古着屋があり、器量よしの一人娘がいる。きっといい仲になって子供をはらむが、一人息子と一人娘。

とても一緒になれないから心中するしかない」と解説したのです。

 

ご存知、落語の古典「小言幸兵衛」のお噺です。

幸兵衛さんの説教は屁理屈や思い込みからくるものであったりすることが多いようですが、当時の大家さんというのは、万一の場合、店子と連帯責任を負わされる決まりになっていたため、トラブル防止に目を光らせておかなければなりませんでした。

 

それを考えれば、「盗人にも三分の理」ではありませんが、やりすぎる幸兵衛さんの小言・説教も、もめごとやいさかいを事前防止するための知恵という見方もできます。

 

幸兵衛さんほどではないにしても、人は多かれ少なかれ、説教や忠告することに楽しみや自己満足を見出し、自分の優位性を確認したくなるものです。

 

古代ギリシャの哲学者で、ギリシャ7賢人の一人に数えられたターレスは、こんな風に言っているのですから。

この世の中で一番難しいことは自分自身を知ること。一番やさしいことは他人に忠告すること。

 

その一方で、海外でも広く評価された小説家で思想家の三島由紀夫は次のように、忠告することの難しさを表現しています。

忠告が社会生活の潤滑油となることは滅多に無く、 人の面目を潰し、人の気力を阻喪させ、恨みをかうことに終わるのが十中八、九である。

  

傲慢と狭量が忠告に耳をふさがせる

では、忠告を聞く方はどんな心持ちでいるべきなのでしょうか。

 

中世のドイツで生まれた思想家のトマス・ア・ケンピスはこう言っています。

忠告を受けたら、誰がそういったかを尋ねないで、言われていることは何か、それに心を用いなさい。

 

同じことを言われても、自分と合わない人や対立している人から言われると、反発が先に立ち、素直に聞き入れようとしないものです。

また、図星を指されたりしたときも、自分の過ち、弱さを認めたくない心理が働いて反発したくなります。

 

人が意見に反対するときは、だいたいその伝え方が気に食わないときである。

こう言ったのはドイツの哲学者、ニーチェです。「気に食わない」という言葉が、端的にその時の気持ちのありようを表しています。

 

一方、イタリアのルネッサンス期を代表する芸術家でさまざまな分野で偉業を残したレオナルド・ダ・ヴィンチはこう指摘しました。

必要であればあるほど拒まれるものがある。それは忠告だ。

それを余計に必要とする人、すなわち無智な人々からいやがられる。

彼は、必要な忠告をいやがる人を「無智」とまで言っているのです。なぜ無智なのか。

 

忠告に謙虚に耳を傾ければ、どこかに今の自分に対する戒めや教えがあるものです。

相手によって、あるいはその中身によって忠告を聞き流したり拒絶したりするのは、自らの過ちに気づき、成長する機会を失うことにつながりかねないからでしょう。

 

トマスの言葉は、まさにその点を指摘しているのだと思います。

 

企業の経営者や政治家の中には、周りにイエスマンばかりを置いて、それらの人の褒め言葉やお追従を聞いて悦に入っている人が、少なからずいるようです。

そんなイエスマンたちは「君側の奸」と言っていいでしょう。正しい情報を上に伝えず、その裏で自分の利を図るものです。

 

こんな経営者や政治家に、物事の本質や周りの流れ、そして自分の客観的な評価がつかめるはずがありません。

これもやはり、耳に痛いことを聞かされるのは不愉快だという傲慢さと狭い了見の表れだと言えるでしょう。

 

悪いのは、自分の周りにそんな態勢を築いてしまった自分です。

彼らには、企業の衰退や有権者からの信頼の喪失という結果が、近い将来に待っているだけです。

 

大義を忘れず、謙虚さと公平さを身につけよう

愚か者になるには二つの道がある。

一つは、真実でないことを信じること。

もう一つは、真実を信じようとしないこと。

こう喝破したのは、ニーチェとともに実存哲学の先駆者とされるデンマークの哲学者で思想家のキルケゴールです。

現在のどこかの国の大統領を彷彿させる言葉ですね。

 

だれも愚か者になどなりたくもないし、そう思われたくもないはずです。

なのに、人は自己保身や欲望にとりつかれて大義を見失ってしまうと、そうした行動をとってしまうのでしょう。

 

ですから、愚か者にならず、周りの信頼を集めて正しいリーダーシップを発揮するためには、揺るぎない大義、諌言にも分け隔てなく耳を傾ける謙虚さと公平さが求められるのです。

 

「あの人は、私の言うことにしっかりと耳を傾けてくれる」。

多くの人にそんな風に思われ評判になると、おのずと質の良い人が寄ってきてくれるようになります。

あなたがすでに、そんな資質を示しているのなら、あなたの周りには能力的にも人間的にも優れた人が集っているはずです。

 

幸兵衛さんではないですが、どんな言葉にも三分の理があるとしても、その理を強いて探さなければならないような人と付き合うのはしんどいですし、時間の無駄です。

 

今いるあなたの周りの人を大切にしましょう。

 

ただし、そんな中にも将来「君側の奸」になってしまう人がいることもあるので要注意です。

それを防ぐためにも、新しい風は入れなければなりません。

そのうえで、成長を求める気持ちを維持し、包容力を高めていくことが求められます。

 

これからも多くの人との出会いがあるでしょう。

そんな人たちがみんなあなたのために動いてくれる理想的な状況をつくり出したくありませんか。