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専門コラム 第68話 自分より他人を心配するあなたへ

  

ガリガリ亡者の愚行

子どものころ、夏休みになると、よくセミ採りをしていました。使うのはクモの巣です。

竹竿の先に、細く裂いた竹を輪っか状に突っ込み、輪っか部分にクモの巣を巻き取ってそこにセミをくっつけて採ります。

クモの巣の粘着力を利用した、よくできた採集具でした。

 

クモの巣には粘着性の高さとともに、優れた特性があります。

引っ張り張力は人間の腱やゴムより大きく、弾性力はナイロンの2倍。

蜘蛛の巣をより合わせて作った太さ2.6ミリのロープに65キロの人間がぶら下がっても切れなかった、という実験結果があります。

 

理論上は600キロまで大丈夫とのことですから、スパイダーマンがビルの間をクモの糸にぶら下がって縦横無尽に動き回るのも、決して荒唐無稽とは言い切れません。

さらに、直径1センチの糸なら飛んでいる飛行機も捕獲できるとか。

 

クモの糸がズバリ、タイトルになったのが芥川龍之介の「蜘蛛の糸」です。

 

大悪人のカンダタは地獄に落ちて苦しんでいました。

極楽の蓮池を通してその様子を見たお釈迦さまは、カンダタがあるとき、クモを踏まずに助けたことがあることを思い出しました。

救い出してやろうと、地獄のカンダタの頭上に1本のクモの糸を垂らします。

 

それを上れば地獄から抜け出せると考えたカンダタは、ひたすら上っていきます。

一休みして、ふと下を見たら、無数の亡者が同じようにクモの糸を上ってきていました。

糸を振るなどして、何とか落とそうとしますが、亡者たちは落ちません。

 

カンダタはついに、「この糸は俺のものだ!」と叫びます。

その途端、糸はカンダタのすぐ上で切れ、カンダタは地獄へ真っ逆さま。

 

仏教説話ではなくアメリカの作家の小説が原材とされますが、カンダタの言動には、仏教的な「ガリガリ(我利我利)亡者」という言葉が浮かびます。

お金に執着する人を指すことが多いですが、自分の利益だけを考えている人をののしって言う言葉です。

 

「蜘蛛の糸」から教訓を得ようとすれば、自分の利益だけにしか目がいかず他人のことを顧みないと、その報いは自分に跳ね返ってくるということでしょうか。

 

「利他」の心の勧め

「ガリガリ亡者」が究極の利己主義者だとしたら、その対極にある思想が利他主義です。

「利他」とは、仏教では生きとし生けるものの救済のために実践することを言い、一般的には、他人の利益になるように図ったり自分より他人の幸福を願ったりすることです。

 

利他の心の大切さを強調するのが、京セラの創業者である稲盛和夫さんです。

講演などでは、次のような趣旨の話をしています。

 

私たちの心には利己の心と利他の心があります。

利己の心で判断すると、自分のことしか考えないので、だれの協力も得られません。

視野も狭くなり、間違った判断をしてしまいます。

利他の心で判断すると、周りが協力してくれます。

視野も広くなり、正しい判断ができます。

より良い仕事をしていくためには、自分だけのことを考えて判断するのではなく、周りの人のことを考え、思いやりに満ちた「利他の心」に立って判断すべきです。

 

別の言い方をすれば、企業のリーダーは「損得」ではなく「善悪」を、つまり「人間として何が正しいのか」ということを判断基準にしなければならないというのです。

 

しかし、利害関係がないときには正論を吐き、立派なことを言っておきながら、いざ自分の損得が絡むと態度が一変してしまうという人が、周りにはたくさんいます。

稲盛さんは、そうした人間の心のズルさ、弱さを熟知したうえで、人間性を磨きなさいと指摘します。

 

では、人間性を磨くために何をするか――。

稲盛さんは「息つく暇もないぐらいに一生懸命、自分に与えられた仕事に打ち込む」ことだと言うのです。

 

少し意外な気もしますが、仕事に打ち込みながら感じた、会社のあるべき姿や人の正しいあり方などを書き止め、何度も読み返すことで自分の人生や仕事に対する基本的な考え方を確立していったという、自らの経験から生まれた信念です。

 

確かに、忙しいときには無心に仕事に埋没していきます。

ただ、そこでもズルい人はズルいことを考えがちです。

 

そんな人のためには、松下幸之助の次の言葉を紹介しましょう。

 

あなたが世の中に対して提供した価値の10分の1があなたに返ってくる。

 

単なる観念論ではなく、相手によって実利的に説いた幸之助らしい言い方と言えるかもしれません。

 

利他の心が生む幸福感

アメリカの研究チームが大学生を対象に行った実験で、興味深い結果が出ました。

 

複数の学生に現金を各20ドル渡し、今日中に使ってほしいと頼みました。

ただし、グループAには自分のために使うこと、グループBには人のために使うことという条件を付けました。

A群の学生は化粧品や食べ物に、B群の学生は友人やいつもお世話になっている人への贈り物などに使いました。

 

その結果、どちらが幸福を感じたかを調べたら、人のために使ったB群の学生のほうが、はるかに高い幸福度が得られたというのです。

 

まさに、利他の効用です。

これを精神世界で昇華させていくと、天台宗の開祖、最澄の次の言葉になるのでしょう。

 

自利とは利他といふ

 

「自利」とは、仏教では自力の修行によって得た功徳や利益を自分一人で受けることを言い、この言葉は、利他の実践がそのまま自分の幸せになると解されます。

 

アメリカ建国時の政治家、ベンジャミン・フランクリンも同様の言葉を残しています。

 

他人に対して善を行っているとき、人間は自己に対して最善を行っている。

 

ビジネスにおいては、利他のみを考えていてはうまく回っていかないかもしれません。

ビジネスでは当然、自分も利益を得なければならないのですから。

ただ、利益は必ずしも目先にだけあるとは言えません。

 

無償の行為というのは、自分では意識していなくてもだれかが見ています。

そこに、自分への敬意や高評価も生まれてきます。

それがビジネスチャンスにつながることも、十分考えられるのではないでしょうか。

 

何よりも、人のことを心配し、人のために動くことは、幸福感をもたらしてくれるでしょう。

自分とは関係ないと思うような仕事であっても、何も言わずに引き受けて、自己の達成感を味わいたくありませんか。