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専門コラム 第35話 家づくり、モノづくりに欠かせない愛情

                                   

用地買収のカモフラージュのために使われた?住宅

ある地区で、渋滞の激しい国道のバイパス建設計画が立ち上がりました。

予定地と想定されるところには畑や空き地が点々と広がっていましたが、計画は一向に進みません。

あるとき、その一角に2軒の2階建て住宅が建ちました。

計画地から外れたため、バス停のすぐ前という利便性を有効活用したいのかと思っていましたが、だれも引っ越してきません。

   

工事が進捗しないまま2年ほどたったある日、2軒とも解体され、跡地は元の空き地に戻りました。現在はフェンスに囲まれて道路建設工事が始まるのを待つだけという状態です。

そこで思い当たりました。

家を建てたのは、住宅地であると主張して買収価格を吊り上げるためだったのではないかと。

実際、家には電気の引き込み線はなく、建設・解体とも短時間で終わったので、初めから住む目的ではなかったのだと推測できました。

   

道路をはじめ公共施設の建設予定地をいち早くつかみ、高値で転売あるいは買い上げてもらうというやり方は、いたるところで横行しています。

その中には、政治家の利権がらみだと指摘されるものもあります。

贈収賄といった不正な手段を使わなければ、建設予定地を他社に先駆けて知ることも企業努力の一つと言えるでしょう。

しかし、そこに家まで建てて価格を吊り上げるというなら、それはいかがなものでしょう。

そんな風に建てて、ただ壊されるだけの家のことを考えれば、むなしく寂しい気持ちになります。

   

家という、本来温もりがあって思い出が年ごとに積み重なって人生と一体化するかけがえのない存在を、利益追求だけに利用するずる賢さ。

家に対する愛情のかけらも感じられず、建設・解体にあたった業者も忸怩たるものがあったのではないでしょうか。

というより、そう信じたい思いです。

2代目社長のモノづくりへの思い

先日、木造住宅用の制振装置であるオイルダンパーを開発した、従業員50人余の中小企業の社長にお話をうかがう機会がありました。

  

「制振」というのは、地震エネルギーを建物の柱、梁などの強度やねばり強さで耐える「耐震」や、揺れを逃がす「免震」と異なり、ダンパーによって地震エネルギーを吸収することで地震発生時の揺れを軽減させる仕組みです。

主流はゴム製ですが、オイルダンパーも注目されるようになってきました。

  

耐震構造は確かに、大きな揺れにも耐えますが、柱や梁といった主要構造部材に大きな負荷がかかり、熊本地震のように2度目の本震に襲われると、倒壊する恐れが高まります。

これに対してオイルダンパーは建物の揺れ幅自体を小さくするため、柱や梁の損傷を抑えて建物被害を軽減し、継続使用を可能にさせます。

  

この社長は2代目です。オイルダンパーは元々、父親である先代社長が台所の吊戸棚の上げ下ろし用に開発したものをアレンジして生み出しました。

提携する大学教授のアドバイスを受けて改良したのです。

  

社長はその動機を次のように話していました。

  

「耐震構造の建物を揺らすシミュレーションで、大きく左右に揺さぶられる柱や梁を見て、まるで悲鳴をあげているように思えたんです。

当社のオイルダンパーは地震エネルギーを最大50%吸収しますので、建物に優しい部材と言えます。

建物も負荷を小さくしてあげれば、機嫌よく長生きしてくれると思っています」

  

この会社は機械や工具の製造をメインにしており、社長は住宅建設については全くの門外漢です。

しかし、自分たちの力で生み出すものであるなら、機械であっても家であっても、そのモノに対する愛情を持つのが当然だと、社長は言っているように聞こえました。

  

このような思いを抱くようになった背景には、下請け中心の中小企業ならではの悲哀と苦労を味わったことがあります。

父親が脱サラをして始めた会社にもかかわらず、確かな技術力が評価されて堅実な経営を続けてきました。

しかし、仕事の大半は下請け。

ご多分に漏れず、元受けや発注元の都合を強いられ、売り上げは上がっても利益率は下がる一方で、ついには赤字に転落しました。

  

そこで、社長は考えました。

自前で製品開発できるメーカー機能を持たなければ生き残っていけない――と。

新製品開発に特化した別会社を立ち上げ、そこで生まれた一つがこのオイルダンパーなのです。

  

同時に、会社のあるべき姿としての経営理念を打ち立てました。

「わたしたちの精一杯の知恵と汗でわたしたちの未来を今よりもっと幸せにします」と極めてソフトな言い回しで、その下に社是として「三つのこころ」を定めました。

  

その三つとは「思いやりのこころ」「誠実なこころ」「あきらめないこころ」。

どこか、近江商人の「三方よし」の理念に通じるものを感じます。社長は「モノづくりは幸せな生活づくりです。

ワクワクしながらモノづくりに打ち込みたい。

そうすれば結果がついてくると考えています」と、夢へのこだわりを語ります。

  

わが子わが孫といとおしむ気持ちが安心と信頼を生む

技術屋さんというものに対して、クールでドライという勝手なイメージを持ちがちです。

しかし、多くの発明家が自分の生み出したものについて、まるでわが子であるかのように話す姿をよくみますし、熟練の職人ほど、自分の作品に触れる時には、孫をいとおしむような温かい目を注ぎます。

  

ましてや、家という何十年も人、家族と寄り添うものに携わる人には、同じような思いを持ってほしいものだと思います。

  

オイルダンパーを開発した社長は社是についてこう言っています。

  

「思いやりとは、人の不満や不便を知り、良くしてあげようとするこころ」

「誠実なこころは感謝から生まれる」

「発想、空想を形に、先入観にとらわれず創意工夫を繰り返し、新たな価値を創造する。成功の秘訣は失敗を恐れないこと、そして絶対にあきらめないこと」

   

こう話す社長の顔には決して悲壮感はなく、その口ぶりには、一つの方向性を見定めた者が持つ揺るぎのない自信が感じ取れました。

もしこの社長が、建設会社にしろ工務店にしろ家づくりに携わっているなら、家を建てようとする人も安心して任せられるだろうなと思わせてくれる笑顔が印象的でした。