専門コラム 第46話 今までと同じ努力で今までをはるかに凌駕する成果を出す。
大迫選手の雄叫びの意味
見事な走りでした。
マラソンの大迫傑選手です。
東京オリンピックの代表選考会を兼ねて1日に行われた東京マラソンで、自らの持つ日本記録を21秒上回る新記録で日本人1位に入り、代表入りをほぼ確実にしました。
最後の直線、何度もこぶしを振り下ろし、雄叫びを挙げるようにゴールした姿は、修行僧のようなクールな姿ばかりを見てきただけに意外でした。
レース後の会見で、涙で言葉を詰まらせたことからも、重圧は計り知れないものだったことがうかがえます。
昨年9月のMGCで大本命に挙げられながら、終盤の競り合いに負けて3位。
とはいえ、福岡国際、東京、びわ湖毎日の3大会で自らの日本記録を上回る選手が出て来なければ、代表に決まるという立場でした。
設定された2時間5分49秒というタイムは、5分台で走った日本人選手が大迫選手しかいないという状況を考えれば、非常にハードルの高いものでした。
走らなくても代表に選ばれる可能性がかなり高かっただけに、出場するか否か、大迫選手にはものすごい葛藤があったと思います。
それでも、レースに臨んだ大迫選手は冷静でした。
しかし、それは決して余裕があったからではなく、やるべきことをやってきたという自負の表れだったように思われます。
そのうえでのこの結果ですから、優勝したエチオピア選手からは1分以上離されたとはいえ、大いに称賛されるべきでしょう。
大局的、俯瞰的な視点を持つことの大切さ
人は人生で何度もピンチに見舞われ、重大な決断と行動を迫られることがあります。
そんな状況下でも、周りからは余裕しゃくしゃくで難題をクリアしていくように見える人がいます。
しかし、本当の難題、緊迫した状態に立たされたら、泰然自若としていられるはずがありません。
余裕しゃくしゃくに見えるとしたら、周りがそう感じるだけだと思います。本人の頭の中はフル回転していることでしょう。
ただ、一つ言えるとしたら、いい意味での開き直りができる人はそのように見えるかもしれません。
ただし、それにも条件があります。
やるべきことを最大限やってきたうえで、冷静な現状分析ができ、大局観を見失わないことです。
大局観とは、突き詰めれば目的であり、自分や仕事のあるべき姿です。
また、ふとした拍子に余裕が生まれることがあります。
苦しい山登りの最中というのは足元ばかりを見続けてしまうものですが、一瞬立ち止まって空を見上げると、スッと呼吸が楽になることがあります。
生理学的には、下を向いているときには圧迫されていた肺が、体を起こすことで広がって酸素の供給量が増大するためということで説明できます。
これと同じことで、ずっと課題だけに集中しすぎると、考えが堂々巡りして、どんどん抜け出せなくなりがちです。
肩の力を抜いて俯瞰的に課題を見直すことができれば、新たな道が見つかるというのはよくあることです。
もう一つ、自分で自分を無駄に追い込んで、難解な局面を自分で創り出していることもあるかもしれません。
マネジメントの生みの親と言われる経営学者のピーター・ドラッカーといえば、本コラムに何度も登場していただいていますが、彼はこんな言葉を残しています。
忙しい人たちが、やめても問題ないことをいかに多くしているかは驚くほどである。
なすべきことは自分自身、自らの組織、他の組織に何ら貢献しない仕事に対してノーと言うことである。
経営者や組織を預かる人こそ、こうした姿勢を貫いてほしいと思います。
今、自分がやるべきことは何なのか。
大局的、俯瞰的に課題を見つめて、本当の目的を見失わないことです。
負担を軽くしてくれる人は、周りにいっぱいいるはずです。
北方「水滸伝」を貫く「志」
北宋末期の12世紀の中国を舞台にした長編小説「水滸伝」は、和訳されて日本でも江戸時代から読まれてきました。
日本では吉川英治をはじめ多くの作家が、それぞれの「水滸伝」を著わしてきましたが、最近では第9回司馬遼太郎賞を受賞した北方健三の「水滸伝」がゆよく読まれているようです。
「水滸伝」の大きな特徴は、登場人物の多さです。
主要な人物だけで108人にのぼりますが、北方健三は物語を大きく作り替える中で、それぞれの立ち位置をはっきりさせ、だれもが自分の役割に誠心誠意、一心不乱に打ち込む姿をきめ細かく、生き生きと描き出しています。
立憲民主党の枝野幸男代表も最近、毎日新聞の「蔵書拝見」というコーナーで、北方「水滸伝」を挙げて、「それぞれの役割分担が参考になる」という趣旨の発言をしていました。
そんな多彩な人たちが一致団結したのは、「替天行道」の言葉で表される「志」でつながっていたからです。
水滸伝は、上から下まで役人が腐敗を極め、庶民の暮らしを顧みなかったことに対する反乱の物語です。
「替天行道」とは「天に替わって道を行う」、すなわち、不正腐敗を正し、人々が暮らしやすい世をつくる、そのために宋という国を倒すことを目指すスローガンです。
その志がぶれなかったことが、結束を固め、最後は敗れるものの宋を大きく揺るがせたのです。
信頼を得てこそのリーダーシップ
では、仕事における志とは何でしょうか。
自分の成績、会社の業績を上げることは言うまでもありませんが、それを通じていかに自分を成長させ、会社を社会における有意な存在にするかということではないでしょうか。
社員の気持ちを、その方向に向けて一つにすることこそ、会社におけるリーダーシップでしょう。
ドラッカーはリーダーについて、次のように言っています。
リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持する者である。
リーダーたることの第二の要件は、リーダーシップを、 地位や特権ではなく責任と見ることである。
リーダーに関する唯一の定義は、つき従う者がいるということである。
これらに共通するのは「信頼」です。
目標を定めても周りの信頼を得ていなければ絵に描いた餅です。
責任感が薄い人に、部下はついていきません。
強制力では本気で付き従う人は出てきません。信頼があってこそ付き従うのです。
そうした集団をつくることができれば、あなたは余裕をもって課題、難題に対処できるようになるでしょう。
最後にもう一つ、ドラッカーの言葉を紹介しましょう。
経営者が第一になすべきは、また絶えず行うべき職責は、現在の資源を用いて最高の成果を挙げることである。
「資源」とは社員であり部下です。
あなたは、リーダーが正面から取り組むべき本質的課題から外れたことは、志を同じくする仲間や部下に任せ、今までと同じ努力で今までをはるかに凌駕する成果を出したくはありませんか?