専門コラム 第67話 なごやかに過ごしたいあなたへ
「逆切れ」と「あおり運転」に見る精神の幼稚さ
お笑い芸人の松本人志さんは、ギャグがつまらないことを「サブイ」、面白いことを言おうとして失敗することを「スベル」という芸人言葉を広めたことで知られています。
その松本さんが、テレビ番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」で使い始めたのが最初と言われるのが「逆ギレ」です。
単に「逆上」と同じように使われることもありますが、本来は、注意や叱責を受けるべき人が逆に怒り出すことを意味します。
そうすることで、弱い立場から抜け出そうとしたり、うやむやに終わらせようとしたりする心理が働くのだと言われています。
この言葉が巷間に広まりだしたのは1990年代の半ばですが、今や、たいていの国語辞典に掲載されているのですから、逆ギレする人が目に見えて増えていることの表れではないかと思われます。
切れるという行為に関して最近頻繁に目にし、耳にするのがあおり運転です。
昨年夏、常磐自動車道で男があおり運転をして乗用車を停車させ、運転手を殴ってけがをさせたうえ、同乗していた女が、その様子を笑いながらスマホで撮影していた事件が大きな話題となりました。
この男はあおり運転の常習者であったようで、ほかにもあおり運転をしていたことがドライブレコーダーなどで確認されています。
また、東名高速道路であおり運転を繰り返したうえエアガンを発砲した事件など、2019年中にあおり運転に関する道路交通法違反(車間距離不保持)での検挙数は1万5000件にものぼっています。
警察庁が2018、19年度に摘発したあおり運転の加害者133人を分析したところ、40歳代が27%と最も多く、必ずしも若い人に限っていません。
これは逆ギレも同じで、最近では高齢者の威圧的な言動が増えているといいます。
また、あおり運転の理由として「通行を邪魔された」「割り込まれた・追い抜かれた」など、被害者側の運転に理由があったとする加害者が7割以上に上っていますが、警察庁はその半数は一方的な思い込みだと指摘しています。
つまり、理由もなく、あるいは勝手な思い込みで、また逆切れに関しては自分の弱みや間違いを指摘されたくないという自己防衛の気持ちが、そうした行為に走らせていると言え、精神の幼稚さを感じます。
言葉で打ち負かすことの虚しさ
その背景を考えたとき、間違いなく言えるのは、切れやすい人は多かれ少なかれ、自己中心的な考えや性格の持ち主であるということです。
自分は正しい、自分がないがしろにされる(それも思い込みですが)のは許せないなど、他者への思いやりを欠くタイプです。
同時に感じるのは、21世紀に入って急速に進んだ新自由主義下での競争原理の広まりです。
優勝劣敗が当たり前のように言われ、「勝ち組・負け組」などという言葉さえはやりました。
スポーツなどのように勝ち負けが大きな意味を占める場合は別にして、日常生活で勝つことだけに執着すると、ろくなことはありません。
その一つが、議論で相手を打ち負かそうする姿勢です。
コテンパンにへこませたところで、何が残るのでしょうか。
アメリカ建国の父と言われる政治家で著述家のベンジャミン・フランクリンはこんな言葉を残しています。
議論したり反駁したりしているうちには、相手に勝つようなこともあるだろう。
しかし、それは空しい勝利だ。
相手の好意は絶対にかち得られないのだから。
坂本龍馬もこう言いました。
俺は議論はしない。議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ。
ビジネスにおいても同じようなことを言っている人がいます。
自己啓発やセールスのスキルアップのコースを開発したデール・カーネギーです。
目つき、口ぶり、身ぶりなどでも、相手の間違いを指摘することはできるが、これは、あからさまに相手を罵倒するのと何ら変わりない。
そもそも、相手の間違いを何のために指摘するのだ?
相手の同意を得るために? とんでもない。
相手は、自分の知能、判断、誇り、自尊心に、平手打ちを食らわされているのだ。
考えを変えようなどと思うわけがない。
当然、打ち返してくる。
彼の考え方の柱の一つは、他者に対する自分の行動を変えることにより、他者の行動を変えることができる、というものです。
上の言葉も、人となごやかに接しながら自分の希望をかなえたいなら、まず自分の言動を変えることだと言っているのです。
「楽しめること」が増えるのがいい人生
デール・カーネギーには、「人を動かす」というベストセラーがあります。
1937年に発刊されたものですが、現代でも自己啓発書のバイブルとして、世界的に読まれています。
そこでは、次のように指摘しています。
人を動かす3原則
- 批判も非難もしない、苦情も言わない
- 率直で、誠実な評価を与える
- 強い欲求を起こさせる
人に好かれる6原則
- 誠実な関心を寄せる
- 笑顔で接する
- 名前は、当人にとって、最も快い、最も大切な響きを持つ言葉であることを忘れない
- 聞き手にまわる
- 相手の関心を見抜いて話題にする
- 重要感を与える―誠意を込めて
初めてこの3原則、6原則に触れたとき、当たり前のことだなと思いました。
加えて、少しも好戦的でなく、むしろ相手に合わせる、もう少し強く言えば迎合的だなという印象も受けました。
しかし、「人」を「お客さま」と置き換えればどうでしょうか。
お客様を批判・非難したり苦情を言ったりすることはありえないでしょうし、率直で誠実に接すればお客様の気持ちをこちらに引き付けることができるでしょう。
6原則に至っては、セールスの基本と言ってもいいのではありませんか? こうした態度は、時にはお客様に対する励ましにもなるでしょう。
こうした考えは決して打算ではありません。
人生を楽しく生きる術と言っていいと思います。
自分もお客さまもなごやかで幸せな気持ちになれば、豊かな人生を歩むことができるのでしょうから。
精神科医で随筆家の斎藤茂太はこう断言しています。
「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生。
人はいつも、あれがしたい、これができるようになればと考えがちです。
大切なのは、それによって何が生まれるかです。
際限のない願望よりも、そのときどきで、自分は楽しめているかという基準で物事を見れば、より簡単に心の平穏や満足感は得られるのでないでしょうか。
あなたもお客様の気持ちを汲みとり、隣で勇気づけながら自分もハッピーになりたくありませんか。