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専門コラム 第6話 部下とともに満ち足りた日々を送る

600円のありがたみ

先日、ラジオを聴いていたらこんな話が流れてきました。話の主は、東日本大震災の直後、被災地の岩手県大槌町に入って避難所ボランティアをした人です。

避難所で目についたのは、何もせずに一日中じっと横になっているだけの女性たちです。このままでは心身ともに参ってしまうと感じ、東北地方の伝統的手芸で、避難所でも座ったままでできる刺し子に目を付け「大槌復興刺し子プロジェクト」を始めました。

今では20代~80代の多くの女性が独自の刺し子作品を作り上げて、大槌復興の一助になっていますが、強く印象に残っていることがあります。

初めて刺し子作品が売れて、報酬の600円を手にした年配女性が、「これで孫にジュースを買ってあげられる」と言って、うれしそうな顔を見せてくれたことです。

言ってみれば、わずか600円です。でもそれだけに、何もかも失くし、おなかをすかせたりのどが乾いたりした孫に何も与えてやれないことに、どれだけ哀しくつらい思いをしていたかがうかがえる一言でした。

「ジュースを買っておいで」ともらった100円玉を握りしめる孫と、満足そうに、あるいはほっとしたような気持ちでその顔を見るおばあさんの間の気持ちの通い合い。商売というのはこういうことではないのかと実感させられました。

商売はモノを売る人と買う人、その間を取り持つ人、そしてそこで行きかうお金と商品にかかわる人で成り立ちます。おばあさんの刺し子を買った人も、その商品の良さに加えて、わずかな額ではあっても大槌復興の助けになることに、納得と満足を得られたのではないでしょうか。

だれもが笑顔になる。同じ商売をするなら、そんな結果を追い求めたいものです。

ノルマがお客様の顔を隠す

私の知り合いの息子さんは、大学卒業後、某銀行に入ったのですが、1年半の内勤を終えて外回りに出て半年後、銀行を辞めてしまいました。投資信託を初めて顧客に売った際、「これが本当にお客様のためになっているとは思えない。自分と支店の成績のためだけの仕事はしたくない」と思ったからだそうです。

先月、三井住友銀行が個人向け金融商品の販売で、行員に課す「ノルマ」を廃止したことがニュースになりました。投資信託や保険の強引な販売手法を金融庁が問題視していたという背景はあるようですが、ノルマは銀行の収益構造を支えるとともに行員の評価基準でもあっただけに、驚きをもって迎えられたのです。

ノルマ撤廃はほかにも北國銀行、大分銀行、十六銀行でも取り組み、顧客との信頼関係を重視した営業活動に軸足を移しています。三井住友銀行も含めて、過大なノルマが、顧客サービスよりも利益優先に走らせていたことへの反省でしょう。

また、資生堂もCS(顧客満足度)を徹底的に追及するとして、営業・販売員のノルマを撤廃しましたし、ユニ・チャームペットケアは売上ノルマに替えて行動ノルマを導入しました。お客様への訪問回数を設定して行動計画を立案し、報告を重ねるというスタイルです。いずれも、この方針転換によって売り上げの減少は招いていないといいます。

銀行ではかつて、こんな例があったそうです。営業担当者が顧客を訪問すると、利益確定のために売り注文を受けることが多い。そうなると銀行の預かり資産が減ってしまって担当者のマイナス評価になるため、顧客をあまり訪問しなくなったというのです。

本末転倒も甚だしいですね。数字にこだわり過ぎると、ビジネスがゆがめられます。一番大切なお客様に目を向けなくなるからです。

20世紀初めに生まれ、34歳で生涯を閉じたフランスの女性哲学者、シモーヌ・ヴェイユと、同じ年にオーストリアで生まれた経営学者で「マネジメント」の発明者、ピーター・ドラッカーが、奇しくも同じような言葉を残しています。

最も危険なのは、質より量へ逃避することだ(ヴェイユ)

生産性の本質を測る真の基準は、量ではなく質である(ドラッカー)

ヴェイユはユダヤ系の両親の下に生まれ、書きためた膨大な書簡が死後に箴言集として出版されて世に知られるようになった人です。この言葉がどういう文脈で述べられたかは分かりませんが、女性差別やユダヤ人迫害の中で労働組合運動や教師として必死に生きて学んだ生き様が、「危険」「逃避」という強い言葉に現れているような気がします。

つまり、量を追い求めることは容易だが、質を保つのには大きな苦労を伴う。それゆえ人は量に傾きやすくなり、それがビジネス自体を危うくすると読めます。

ドラッカーの言葉は経営学の言葉として、より洗練されていますが、やはり量、言い換えれば数字に惑わされるなという戒めと言えるでしょう。

仕事を通じて満ち足りた日を送るために

さて、あなたが経営者や現場を仕切るマネージャーであったら、ここに紹介した事例や言葉をどのように受け止めるでしょうか。

それでも、数値目標を掲げて未達は許さないと部下の尻をたたきますか? とにかく売れば成績につながるからと、不本意な販売を強いますか?

そうしたマネジメントは、だれも幸せにしないでしょう。部下は会社と顧客の板挟みになって気苦労が絶えず、モノを売るということに喜びを見出せません。部下が自信と誇りをもってビジネスに取り組めるように考えなくてはいけません。

大事なのは、どのようにして部下に健全なモチベーションを持たせるかでしょう。数字のみを追うのが良くないのは、顧客に目を向けないだけでなく、ときに反社会的行動を招き、後ろ指を指されるような販売手法に堕してしまう恐れがあるからです。商売はすべてにおいて健全でなくてはなりません。それが社会に生かされている企業の責任でもあります。

あなたが経営者、上司として指導力を発揮したいなら、社員・部下の心に思いを巡らせてください。そのうえで、モチベーションをかきたてる販売手法を確立してください。もちろん、簡単なことではありません。

しかし、ホンダの創業者、本田宗一郎はこう言ってます。

人を動かすことができる人は、他人の気持ちになれる人である。その代わり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。自分が悩んだことのない人は、まず人を動かすことはできない。

だれもができることに、指導力はいりません。一方で、苦労して指導した成果が目に見えるようになれば、自分の心も満たされ、仕事以外の時間にもゆとりが生まれます。大いに悩みましょう。

あなたは、部下が苦労も喜びと思えるような販売手法を提示して、部下とともに満ち足りた日々を送りたくありませんか?